牧師室から

サブカルを神学してみた

Minecraft「アイアンゴーレム」を神学してみた

皆さんは世界一売れたビデオゲーム(テレビゲーム)が何か、ご存じでしょうか。任天堂のマリオでも、ドラゴンクエストでも、ファイナルファンタジーでもありません。ギネス世界記録によれば、それはMinecraft(マインクラフト)です。売り上げ本数は、2025年4月時点でなんと、3億5000万本です。億ですよ億。ここまで来ると、もう「若い人の遊び」と片づけることはできません。現代世界の想像力を、これほど大規模に運んでいる文化はそう多くないからです。ゲームに関心のない年配の方でも、この数字を見れば、いまやゲームが映画やテレビ以上に大きな影響力を持つ文化になっていることは、お分かりいただけるはずです。
時事問題

イラン戦争は果たして宗教戦争か?

イラン戦争は果たして宗教戦争か?イラン戦争を「宗教戦争」と呼ぶ雑さについて「宗教が戦争を起こす」という分かりやすさ今回の...
教会と国家

昨今のディスペンセーション神学指弾にみる蹄鉄理論

政治学の用語に「蹄鉄理論」というのがあります。政治上の、右と左を一直線の両端に置くのではなく、むしろ対極の立場にあるように見える、極右と極左は、かえって蹄鉄の先のように接近する、という政治学上の比喩です。もちろんこれは万能の理論ではなく、学問的には異論もあります。けれども、少なくとも一つのことはよく照らします。理念やスローガンがどれほど正反対でも、自分たちにとって好ましくない思想や集団を「公的に危険なもの」とみなし、管理し、排除しようとする時、極右も極左も驚くほど似てくる、ということです。
サブカルを神学してみた

ドラえもん新・のび太の海底鬼岩城を神学してみた

日本のキリスト教会は、せめてドラえもんの映画くらいの現実性を持ってほしい。2026年の『映画ドラえもん 新・のび太の海底鬼岩城』は、藤子・F・不二雄の原作から43年ぶりに再び映画化された作品です。そして今作は、公開後も非常に好調で、3月23日時点で4週連続の週末動員1位、累計興収は25億円目前まで来ています。
教会に躓いたあなたへ

教会につながりなおすための小さな集い リコ・ミニストリー

私たちの教会では、そのような方が安心して礼拝と交わりを再開できるように、**『教会につながりなおすための小さな集い』(RECONNECT MINISTRY)を始めます。これは、特別な人のための場所というよりも、信仰の歩みの途中で立ち止まってしまった方が、もう一度、福音の恵みの中で呼吸を取り戻し、静かに再出発できるための場です。
サブカルを神学してみた

ドラゴンクエスト1の「ゴーレム」を神学してみた

サムネイルはドラゴンクエスト1&2 HD-2D版のゴーレムとの戦闘シーンドラゴンクエスト1の「ゴーレム」を神学してみた今...
サブカルを神学してみた

スパイファミリー「プロジェクト〈アップル〉」を神学してみた。

この作品には、エリート校イーデン校(Eden)という、旧約聖書の「エデンの園」を思わせるキーワードが出てきました。そして、その校章に“禁断の果実”として描かれがちなリンゴがモチーフになっている、という話は前回しました。ところが、リンゴがらみのキーワードはそれだけではありません。
教会と国家

キリスト者は共産主義あるいは共産党を支持してよいのか?(3)聖書神学的考察 原始教会とイエスの言葉を端緒として

サムネイルはカールブロッホ作山上の垂訓題 この世のユートピアではなく、来るべき御国に生きるⅠ.原始教会は「共産主義」だっ...
教会と国家

キリスト者は共産主義あるいは共産党を支持してよいのか?(2)歴史神学的考察 フォイエルバッハの系譜を糸口として

ある人は、共産主義=神はいない、と考える立場、キリスト教=神を信じる立場と分けて全くの別物だといい、共産主義に反対します。(この立場を反共主義といいます。)また、ある人は共産主義もキリスト教も平和運動をし、格差社会に反対するので、似た者同士だと共産主義を容認してしまっている人も一部にいます。(この立場を容共主義といいます。)はたしてどちらが正しいのでしょうか?共産主義思想誕生に寄与したある神学者、人間学者フォイエルバッハを糸口にして考えていきます。
教会と国家

キリスト者は共産主義あるいは共産党を支持してよいのか?(1)組織神学的考察 カール・バルトの言説から紐解いて

現代に生きるキリスト者が政治的立場を考えるとき、信仰と政治が全く別の問題であるとは言い切れません。信仰は人の価値観、人生観、倫理観に深く浸透し、政治的判断にも大きく影響を与えるものです。したがって、クリスチャンが特定の政治思想や政党を支持することについて考えることは、決して無意味でも場違いでもありません。では、キリスト者は共産主義あるいは共産党を支持してよいのかという問いはどうでしょうか。この問いは単なる政治的選択を超えて、「世界観と宗教観の衝突」という深い問題を含んでいます。