ペテロ

説教

第一ペテロ3章13~17節 キリスト教の疑問に答えて答えて答える

私自身も決して最初からキリスト教を熱心に信仰していたというものではありません。むしろ、ここにいらっしゃる誰よりもキリスト教に疑念に持ち疑問を持っていた者であったという自負があります。そして、「キリスト教の教えの矛盾を見つけてそれをついて牧師さん、神父さんを困らせてやろう」とさえ思っていた人間です。しかし、ありとあらゆる疑問を吹っかけて弁明できる、人生観、世界観、宇宙観、死生観というのものがあり、自分の持っていた「神様を信じる人ってこんなもの」「宗教って所詮こんなもの」というものがいかに薄っぺらいものかというのを痛感させられ、キリスト教の信者になったというよりは、薄っぺらな「神様信じない教」を脱会した破滅的な「自分が神様教」を辞めた結果クリスチャンになったというのが本当の所なのです。
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ヨハネの福音書6章60~71節「イスカリオテ・ユダだけが『裏切者』なのか?」

俗に裏切者の代名詞にされるイスカリオテのユダですが、イエス様の弟子たちの中で本当に、彼だけが不誠実な裏切者で他の弟子たちは忠誠を貫き通した敬虔な弟子たったのでしょうか?残りの弟子にも不誠実なところがあったのではないでしょうか?であれば、ユダと他の弟子たちの違いはいったい何だったのでしょうか?
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ヨハネ福音書1章35~51節「どんな人がキリストの弟子になったのか?」

ヨハネ福音書1章35~51節「どんな人がキリストの弟子になったのか?」ヨハネの福音書は読書の既成概念にとらわれず、福音書...