マルコによる福音書 第12章18~27節「生きている者の神」

主イエス様は26節以下で、サドカイ派が拠り所としているモーセ五書の一節を引いてお語りになりました。出エジプト記第3章の始めの所、モーセが神の山ホレブで、燃え上がる柴の中から語りかける主なる神と出会った時の話です。そこにおいて主なる神様はモーセに、ご自分のことを6節「わたしはアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である」と語られました。このみ言葉が、死者が復活することを語っていると主イエス様はおっしゃったのです。それはどういうことでしょうか。私たちは普通この言葉を、「私はイスラエルの先祖であるアブラハムとその子イサク、孫のヤコブにかつて現れ、彼らを導いた神である」という意味に読んでいます。しかし主イエス様はここに、深い意味を込められておられます。そのヒントが27節の「神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神なのだ」という言葉です。この言葉を土台としてこのみ言葉をよむ時、それは単に昔そうだったという意味ではなくなります。生きている者の神である方が、「私はアブラハムの神である」とおっしゃったなら、アブラハムは神のみ前に今も生きている者とされるのです。神が名前を呼んで、私はこの人の神だと言って下さるなら、その人は命をお与えになる神の恵みのみ手の内に置かれ、肉体の死をも超えて生かされているのです。アブラハムも、イサクも、ヤコブも、そのように神に名前を呼ばれたことによって命を与えられたのです。私たちも同じように、名前を呼んでいただいた者なのです。

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