ヨハネの福音書4章1~26節「ロマンスに疲れ失恋した人への福音」

説教

ヨハネ福音書4章1~26節「ロマンスに疲れ失恋した人への福音」

前章でニコデモは主イエスに「夜」会いに来ました。ユダヤ教の宗教指導者でありながら、主イエスに会いに行く事で人目をはばかったのでしょう。この章でサマリアの女は井戸端で「正午」に出会いました。日中は日差しが強いので、朝夕に水汲みに来るのが通常であり、また昼間は汲んだ水を一番使う時間帯です。つまり、この女性は多くの人が井戸端会議をする時間帯を敢えて避けて、この時間帯に来たのです。彼女もまた、ニコデモと時間帯こそ違いけれ、人目を憚って水をくみにきたのです。

その理由は16節にあります。聖書の訳文はかなり抑制的で、逐語的に訳せば「以前あなたは5人の夫を所有していたが、今同棲している男(夫)はあなたの所有物ではない。」であり、主イエスは「あなたはバツ5でそして、(言外に)6人目とは不倫同棲中である」ということまではっきり、言い当てられているのです。これが、彼女のもっとも触れられたくない素性であり、彼女が朝夕の井戸端会議をさけて、炎天下の真昼間に水汲みに来た理由であり、主イエスがおっしゃられるいける水を欲しがった理由でもありました。彼女は魂の渇きを感じていました。だからこそ、その渇きを癒すために男性との愛で心のすき間を埋めようとしたのでしょうし、またスピリチャルなものにも興味があったのでしょう。サマリア人の宗教に精通していました。主イエスと彼女との問答で「ヤコブの井戸」がどうだとか、「ゲジリム山」がどうだとか、詳述はしませんが、起源は列王記の南北王国分裂期の北イスラエル初代国王ヤロブアムが国内統一(北イスラエル王国民=サマリア人)のために、人為的につくった宗教(サマリア教)に彼女がとても精通していることが見て取れます。

ヤロブアムが宗教を作ったような事例は日本にも見られます。日本でも徳川家康が天下を治めた後、彼は東照大権現となりました。神仏習合の独自の宗教(日光東照宮)をつくったのです。そして、既存の仏教勢力で最大勢力である一向宗の仲違いさせて勢力をそぎ(※それが東本願寺と西本願寺)、その名称変更(浄土真宗という名称が認められたのは明治以降)も、開祖の大師号(親鸞聖人が見真大師の称号を賜ったのも明治天皇)も200年来江戸幕府は認めませんでした。

周囲の人は彼女の事を「尻軽だ」とか、「堕落している」とか好き勝手いったでしょう。でも自分を偽ることなく、自分がさみしく孤独であることを正直に認めた人だったのでしょう。また、霊性にも興味があり、本当の愛、本当の救いというのがもしあるのならそれを得たいと、切実に求めた人であったのまた事実でしょう。

将来の建て替えを前提として自社ビルを立てる社長は何人かいるでしょう。しかし、この世の中に結婚する前から離婚を前提として成婚するひとがどれほどいるでしょうか?誰しも結婚をするときは生涯相手と添い遂げようとして結婚するものです。彼女にしても、そして世にいる離婚歴のあるものにしても、決して離婚を前提として結婚した訳ではないはずなのです。

4節には、イエス様はサマリアを通らなければならなかったとあります。人間的にも物理的にもその必要はありませんでした。むしろ、『異邦人と交流を持った』といって、非難され、その後の活動に支障を来たすリスクがありました。しかし、そのリスクを背負ってでも主イエスはサマリアを通り、この女性と出会う必要があったのです。彼女の救いを考えたとき、後世へ福音の伝播ということ考えたとき、「サマリア人でも日本人でも異邦人でも救われる」とはっきりと福音が宣言されるために、「バツ5でも身持ちを崩した者でも救われる」ということを明確にするために、主イエスはサマリアを通らなければならなかったのです。後世の宗教家が身持ちを崩した彼ら彼女らを冷笑し彼らは救われないなどと放言することを許さないためにサマリアを通る必要があったのです。そして、今日、ここではっきりと福音が語られ、あなたが救われるためにはどうしても彼女と会う必要があったのです。あなたが救われるために、キリストはサマリアを通らねばならなかったのです。

※サムネイルはカール・ハインリッヒ・ブロッホ作「サマリアの女」

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