説教

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ルカ20章9~19節 キリストがあなたの人生の関係者だという話

聖書は一貫してこう告げます。神はあなたの人生に深く関わっておられる。キリストはあなたの歩みと切り離せない存在である。 ルカ20章に記される「ぶどう園と農夫のたとえ」は、そのことをはっきりと私たちに示しているのです。
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ローマ書12章1節 ささげる礼拝 なすべき礼拝

献げ物とは、神を礼拝するときにささげる動物の犠牲や穀物などの供え物を指す。詳しい規定はレビ記1~7章に記されている。動物の犠牲の中ではまず牛、羊、山羊などを全部焼いてささげる焼き尽くす献げ物がある。次に献げ物の肉の一部を奉献者やその家族が会食する和解の献げ物や罪科によって破られた神との契約の関係を正す「賠償の献げ物」などがある。穀物の献げ物には、初穂、パン、麦粉の菓子、ぶどう酒、油、香などが当てられていた。イスラエルの民はこれらの献げ物を供えることによって神を礼拝するとともに、神の聖性に対する鋭い感覚養い、罪の清めを希求し神と交わることの喜びを学んだ。
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創世記22章1~19節 年十二回で学ぶ創世記 イサクの燔祭

イサクの燔祭は西洋絵画の題名にもなっていますが、漢語的、文語的表現です。新共同訳聖書では「焼き尽くす献げ物」と意訳されています。神様は聖書の中で、救いが確かにわかるように、この救いこそが神が提示された唯一の救いであることがはっきりとわかるように、歴史をとおして「韻を踏み」ます。アブラハムは天国からキリストの十字架を見させられた時、痛いほど御父なる神様の御心がわかったはずです。
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サムエル下12章1~12節 「〇〇ファーストもセカンドも無い世界」

少数者が、弱者が多数派におもねろうとして必死にマジョリティー以上にらしさを追及して人知れず努力する…そこに涙ぐましい努力があることを3000年前の書物であるにも関わらず、聖書は驚くべき程クリアさをもって、その気持ちに焦点をあて語っています。神は小さき者、声なき弱者の神なのです。
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ルカ11章1~13節 求めよさらば与えられん 主の祈りの本当の意味

ルカ伝の主の祈りはマタイ伝のそれと比べて短いです。新約聖書27巻が揃うまでの初代教会において、特にマタイ伝の普及がおくれ、ルカ文書、パウロ文書が先に普及した教会ではルカ伝にある主の祈りを礼拝の時に唱えていた教会もあったことでしょう。つまり、私たちが毎週唱える主の祈りはもともと、祈りの定型文、式文、口碑ではなく、祈りの大まかな指針をしめした、エッセンスだったということです。
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エフェソ2章8~9節 人類史上最大事the REFORMATION

サムネイルはフェルディナンド・パウウェルズ作「ヴィッテンベルク場に95か条の提題を貼りだすマルチンルター」エフェソ2章8...
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第一ペテロ3章13~17節 キリスト教の疑問に答えて答えて答える

私自身も決して最初からキリスト教を熱心に信仰していたというものではありません。むしろ、ここにいらっしゃる誰よりもキリスト教に疑念に持ち疑問を持っていた者であったという自負があります。そして、「キリスト教の教えの矛盾を見つけてそれをついて牧師さん、神父さんを困らせてやろう」とさえ思っていた人間です。しかし、ありとあらゆる疑問を吹っかけて弁明できる、人生観、世界観、宇宙観、死生観というのものがあり、自分の持っていた「神様を信じる人ってこんなもの」「宗教って所詮こんなもの」というものがいかに薄っぺらいものかというのを痛感させられ、キリスト教の信者になったというよりは、薄っぺらな「神様信じない教」を脱会した破滅的な「自分が神様教」を辞めた結果クリスチャンになったというのが本当の所なのです。
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ルカの福音書10章38~42節 人生における優先順位の付け方

マルタのマリアの姉妹は対照的な姉妹でマルタは給仕、応接に手一杯でした。イエス様へのもてなしを何もしないマリアにマルタは腹を立てて、マリアを注意しないイエス様にまで小言をいいます。イエス様は注意されるべきはマルタであるために優しく、しかし、否定を許さない形で2回呼びかけて「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。 しかし、必要なことはただ一つだけである。マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない。」とおっしゃいました。
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ゼカリヤ書9章9~10節 マイナーな預言書を学ぼう ゼカリヤ書にあるキリスト預言

書かれた時代は紀元前520年ごろ、ペルシャの皇帝ダレイオスの治世の第二年の8月に預言されたことが書の冒頭に書かれています。先月学んだハガイ書の冒頭には同じ年の6月に預言したと書かれているので、ハガイとゼカリヤは預言したのは2か月しか離れていません。両方ともバビロン捕囚後ペルシャからエルサレムへの帰還を許された後の預言者、エズラ記の5章と時代がダブる預言者です。本書は小預言書といいながらも14章もあり、大きく二部に別れています。
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ルカの福音書10章25~37節 天国の『近く』までの行き方

本日の聖書箇所は、一般に「よきサマリア人のたとえ(Parable of the Good Samaritan)」として知られています。善行を奨励する名詞として、good Samaritan law、good Samaritan  Church、やgood Samaritan hospitalとして用られることがあります。またこの中の、神を愛せよ、隣人を愛せよとのことばは、旧約律法にもあり、イエス様の言葉でもあり、教会の標語となることもしばしばあります。しかし、これらのことをすれば立派なクリスチャンの条件を満たしたことになるのでしょうか?