新約

説教

第一ペテロ3章13~17節 キリスト教の疑問に答えて答えて答える

私自身も決して最初からキリスト教を熱心に信仰していたというものではありません。むしろ、ここにいらっしゃる誰よりもキリスト教に疑念に持ち疑問を持っていた者であったという自負があります。そして、「キリスト教の教えの矛盾を見つけてそれをついて牧師さん、神父さんを困らせてやろう」とさえ思っていた人間です。しかし、ありとあらゆる疑問を吹っかけて弁明できる、人生観、世界観、宇宙観、死生観というのものがあり、自分の持っていた「神様を信じる人ってこんなもの」「宗教って所詮こんなもの」というものがいかに薄っぺらいものかというのを痛感させられ、キリスト教の信者になったというよりは、薄っぺらな「神様信じない教」を脱会した破滅的な「自分が神様教」を辞めた結果クリスチャンになったというのが本当の所なのです。
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ルカ福音書8章40~48節 いい加減な信仰なのに認めてくださった

 彼女の信仰理解は呪術的、御利益宗教的、機械的なものでした。このままでは彼女は真に救われないとみた主イエスは、自分から力が抜けていった原因となった彼女に正直に告白すること、人格的な交流を望まれました。その中で彼女は主に対して信仰は正統的、人格的、霊的、有機的なものに「観念」させられ、全てを正直に洗いざらいはなすことになりました。彼女はいつから「正しい」信仰を持っていたのでしょう。正しい信仰を持つ前から愛され、信仰も神が正していただけたのです。
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Ⅰコリント8章1~13節「無知の知」

説教題の「無知の知」はソクラテスの有名な言葉です。第一コリント書8章の2節はそのソクラテスの無知の知を想起させます。現代...
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ルカによる福音書 第1章57~80節アドベント「恐れることなく」

ザカリアの口が再び開いたのは、ヨハネが生まれた時ではなくて、八日目に、子供に割礼を施し、名前つけるために近所の人々や親類...
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ルカによる福音書 第1章26~38節アドベント「神にできないことはない」

37節の原文は、「なぜなら、神においては、全ての言葉は不可能ではないから」です。お気づきのように、原文には「言葉」とう言...
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マルコによる福音書 第12章35~37節「主なるメシア」

ダビデに倣ってキリストを「わたしの主」と呼び、そのみ前に膝まずいて従っていく時にこそ、私たちもダビデと共に、神様がキリス...