― 水を毒物に見せるような福音派批判のからくり ―
1 一酸化二水素という恐ろしい物質
一酸化二水素(ジハイドロジェン・モノオキサイド)という物質をご存じでしょうか。
この物質は、吸い込むと人を死に至らせることがあります。気体になれば皮膚に深刻な火傷を負わせ、固体になれば交通事故や転倒事故の原因にもなります。金属の腐食を進め、建物や橋、車の劣化にも関わります。農薬散布や工業排水にも含まれ、原子力施設でも大量に使われています。しかも、河川にも雨にも食品にも、そして人間の体内にも存在しています。
さらに恐ろしいことに、この物質には依存性があります。摂取をやめれば、人は数日で生命を維持できなくなります。にもかかわらず、家庭でも学校でも病院でも、ほとんど無警戒に使われています。乳幼児にも与えられ、スポーツ選手は競技中にまで口にします。
こう書くと、「そんな危険物質をなぜ規制しないのか」と思われるかもしれません。
しかし、ここで種明かしをします。一酸化二水素とは、H2O、つまり水のことです。
2 嘘ではないが、公平でもない
もちろん、先ほど述べたことの多くは、まったくの嘘ではありません。水を肺に吸い込めば溺れます。熱湯や水蒸気は火傷を負わせます。氷は転倒事故の原因になります。水は金属を錆びさせます。人間は水なしには生きられません。
けれども、だからといって「水は危険物質である。社会から排除すべきだ」と結論づけるなら、それは明らかにおかしいのです。
事実を並べているようでいて、全体像を隠しているからです。文脈を切り落とし、不安をあおる情報だけを選び、聞き慣れない名前で呼びかえる。すると、ありふれた水でさえ、恐ろしい毒物のように見えてしまいます。
昨今、日本のテレビ、新聞、ネット番組などで語られる「米国福音派」論にも、これに似た危うさを感じます。
3 「福音派=危険な政治勢力」という雑な図式
よくある語り口はこうです。
米国の福音派はトランプ氏の岩盤支持層である。中絶に反対し、銃規制に消極的で、移民に厳しく、キリスト教ナショナリズムを支え、民主主義を脅かしている。だから福音派とは危険な宗教勢力であり、警戒すべき集団である――。
たしかに、ここにも事実の断片は含まれています。2024年大統領選でも、白人福音派有権者のトランプ氏支持は非常に高く、各種調査では約8割がトランプ氏を支持したとされています。米国政治を考えるうえで、この層が無視できない存在であることは確かです。
ですから、「米国の一部の宗教右派と共和党政治の結びつき」を論じること自体は必要です。そこに問題がないと言いたいのではありません。信仰が権力欲や民族主義と結びつき、聖書の言葉が党派的スローガンの道具にされるなら、キリスト者こそ厳しく吟味すべきです。
しかし問題は、そこから一足飛びに「福音派そのものが危険だ」と言い出すことです。
批判されるべきものがあるとすれば、それは福音派全体ではありません。プロテスタントだけでなくカトリックも含めた、一部の宗教右派が、信仰を政治権力の道具にしてしまうことです。
4 アイスクリームが水難事故を起こすのか
ここで思い出したいのが、「アイスクリームと水難事故」の話です。
夏になると、アイスクリームやアイスキャンデーの売り上げが伸びます。同じ時期に、海や川やプールでの水難事故も増えます。では、アイスクリームを食べると人は溺れやすくなるのでしょうか。あるいは、アイスキャンデーの販売会社は水難事故の黒幕なのでしょうか。
もちろん、そんなはずはありません。
両者には相関関係があるかもしれません。しかし、因果関係があるわけではありません。背後にあるのは「夏」です。暑くなるからアイスクリームが売れる。暑くなるから水辺に行く人も増える。その結果、水難事故も増える。アイスクリームが水難事故を引き起こしているのではなく、両方を増やしている別の要因があるのです。
これと同じことが、「福音派」と「トランプ支持」の語られ方にも起きています。
白人福音派のトランプ支持率が高い。これは相関としては事実でしょう。しかしそこから、「福音派信仰がトランプ支持を生み出している」「福音派神学そのものが危険思想である」と結論づけるなら、それはアイスクリームを水難事故の原因にするようなものです。
実際には、そこにはさまざまな要因が絡み合っています。白人であること。男性であること。地方在住であること。大学教育を受けていないこと。共和党支持であること。保守的な家族観や文化観を持っていること。既存メディアへの不信感を持っていること。
つまり、「白人福音派にトランプ支持が多い」ことは言えても、「福音派だからトランプ支持になる」とは単純には言えません。
5 黒人教会もまた福音派の範疇に入る
しかも、同じキリスト教、同じプロテスタントと言っても、米国社会は非常に多様です。
「福音派」と聞くと、日本ではすぐに「白人の保守派教会」を思い浮かべがちです。しかし、それは福音派という言葉の一部を、政治的に目立つ集団で代表させているにすぎません。
米国の黒人教会の多くは、政治的には民主党を支持する傾向が強いとされます。しかし、神学的・信仰的に見れば、聖書を重んじ、個人的な回心を大切にし、キリストの十字架と復活を語り、伝道と礼拝を重視する教会も多い。つまり、政治的分類では「民主党支持の黒人教会」とされる場合でも、信仰的特徴から見れば福音派の範疇に入る教会は少なくありません。
ここが重要です。
もし「福音派=トランプ支持の白人宗教右派」と決めつけてしまうと、黒人教会、ヒスパニック教会、アジア系教会、移民教会、民主党支持の福音派信徒たちが視野から消えてしまいます。
すると、福音派の実像ではなく、日本のメディアにとって都合のよい「怖い福音派」のイメージだけが独り歩きするのです。
6 福音派は政治団体の名前ではない
そもそも福音派とは、本来、政治団体の名前ではありません。
歴史的には、聖書を信仰と生活の規範として重んじ、キリストの十字架による救いを中心に置き、個人的な回心を大切にし、その福音を宣べ伝えようとするプロテスタント信仰の流れを指します。
もちろん、信仰は政治と無関係ではありません。キリスト者は神と隣人への責任をもって社会に関わります。命の尊厳、貧困、家族、移民、戦争、信教の自由、教育、司法、福祉。これらはすべて信仰と無縁ではありません。
しかし、それは「福音派が一つの政治団体として命令一下に動く」という意味ではありません。
福音派の中にも、共和党支持者もいれば民主党支持者もいます。政治に熱心な人もいれば、距離を置く人もいます。白人教会もあれば、黒人教会、ヒスパニック教会、アジア系教会、移民教会もあります。礼拝では同じ聖書を開いていても、投票所では違う候補者に票を入れることもある。それが現実です。
7 終末論を信じることは世界滅亡を願うことではない
さらに、この手の福音派悪玉論では、しばしば終末論も槍玉に挙げられます。
特にディスペンセーション主義的な終末論を信じる人々について、「彼らは世界の滅亡を待ち望んでいる」「中東で戦争が起これば聖書預言の成就だと喜ぶ」「だから危険だ」といった語られ方がされます。
しかし、これもまた雑な話です。
もちろん、ディスペンセーション主義の聖書解釈については、キリスト教内部にもさまざまな議論があります。イスラエルと教会の関係をどう理解するのか。黙示録をどう読むのか。千年王国をどう考えるのか。携挙をどう理解するのか。福音派の中でも意見は分かれますし、福音派の全員がディスペンセーション主義者であるわけでもありません。
しかも、ディスペンセーション主義的な終末論を信じることと、「破壊的な世界の滅亡を希求している」ことは同じではありません。
キリストの再臨を信じることは、核戦争を望むことではありません。神の最終的な裁きを信じることは、人間の暴力を歓迎することではありません。新天新地を待ち望むことは、今の世界を粗末に扱ってよいという免許証ではありません。
むしろ、健全なキリスト教の終末信仰は、「この世界は最後には神の御手の中にある」という希望です。悪が永遠に勝利するのではない。死が最後の言葉ではない。歴史は無意味に崩壊して終わるのではなく、神の正義と憐れみによって完成へと導かれる。その希望があるからこそ、今ここで隣人を愛し、平和を求め、命を大切にするのです。
8 日本の福音派は米国共和党の日本支部ではない
日本の読者にとって、米国の宗教事情はわかりにくいものです。日本では「福音派」という言葉自体があまり一般的ではありません。そのため、テレビやネットで「福音派=トランプ支持の危険な宗教右派」と説明されると、そのまま受け取ってしまいやすいのです。
しかし、日本の福音派教会は、米国共和党の日本支部ではありません。
地方の小さな教会で聖書を読み、祈り、礼拝し、子どもたちに聖書の話をし、病む人や孤独な人に寄り添おうとしている信徒たちを、「海外の政治映像」と同じ色で塗りつぶすのは、あまりにも雑です。
批判は必要です。米国の一部の宗教右派が政治権力と結びつきすぎた面、特定の指導者を偶像化した面、移民や貧困者へのまなざしにおいて福音の精神から外れた面があるなら、それは厳しく問われるべきです。キリスト者自身が、それを他人事にしてはいけません。
しかし、批判とレッテル貼りは違います。分析と悪魔化は違います。相関関係と因果関係は違います。
水は人を溺れさせることがあります。しかし、水なしに人は生きられません。アイスクリームの売り上げと水難事故には相関があるかもしれません。しかし、アイスクリームが人を溺れさせているわけではありません。
同じように、宗教は時に権力と結びつき、社会を傷つけることがあります。しかし、信仰は同時に、人を悔い改めに導き、隣人愛を育て、弱い者に仕える力にもなってきました。
必要なのは、「一酸化二水素は危険だ」と叫ぶことではありません。それが水であると知ったうえで、どのように扱うべきかを冷静に考えることです。
同じように、「福音派は危険だ」と叫ぶ前に、福音派とは何か、米国の一部の宗教右派とは何か、日本の福音派とは何が同じで何が違うのかを、丁寧に見分ける必要があります。
福音派を批判してはならないのではありません。むしろ批判するなら、正確に批判すべきです。十把一絡げの悪玉論ではなく、事実に即した検証をすべきです。そうでなければ、私たちは水を毒物と呼び、アイスクリームを水難事故の黒幕に仕立てるような、滑稽で危険な言説に加担してしまうのです。

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