使徒

説教

使徒 3章全節 お金より大切なもの見つけた

生まれつき足の不自由だった一人の人が、主イエスの御名によって立ち上がる出来事が記されています。この人は毎日、「美しい門」と呼ばれる神殿の門のそばに置かれ、施しを求めていました。「美しい門」が正確にどの門であったかは断定できませんが、神殿の礼拝空間へ向かう大切な境界にあった門でした。彼は礼拝へ向かう人々を見ながら、自分は門のそばに置かれ、今日を生きるための施しを求めていたのです。
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使徒 2章22~42節 十字架につけられた人が救い主?!

皆さん、「救い主」と聞いて、どんな人を思い浮かべるでしょうか。強い人。負けない人。悪を倒す人。最後には大逆転する人。映画でも漫画でも、ヒーローというのはだいたいそうです。倒れそうになっても、最後は立ち上がる。敵を打ち破る。拍手喝采を浴びる。ところが、聖書が語る救い主はどうでしょうか。十字架につけられた人です。これは当時の人々にとって、信じがたいことでした。十字架刑は、ただ死ぬ刑罰ではありません。ローマ帝国が見せしめとして行う、最も恥ずべき処刑でした。「この者は負けた」「この者に従う者も同じ目に遭うぞ」と世にさらす刑罰です。ですから、「十字架につけられた人が救い主です」と言うのは、普通に考えれば無茶な話です。今日の説教題の通りです。
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使徒2章1~13節 ペンテコステー教会の誕生日

今日はペンテコステです。よく「教会の誕生日」と言われます。誕生日というと、ケーキがあって、ろうそくがあって、プレゼントがあって、「ハッピーバースデー」と歌います。けれども教会の誕生日は、少し不思議です。ろうそくを吹き消すのではなく、炎のような舌が一人ひとりの上にとどまりました。プレゼントをもらうのではなく、聖霊という神からの賜物が与えられました。そして「おめでとう、教会」と祝うだけでなく、「さあ、出て行って福音を語りなさい」と送り出される日でした。