文字のない本が語る福音

説教

各色が表す聖句

黒:罪によって神から離れた私たち

ローマの信徒への手紙3章23節
「人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなっています。」

イザヤ書59章2節
「むしろお前たちの悪が、神とお前たちとの間を隔て……」

赤:イエス・キリストの十字架の血

ローマの信徒への手紙5章8節
「わたしたちがまだ罪人であったとき、キリストがわたしたちのために死んでくださった……」

ペトロの手紙一3章18節
「キリストも、罪のためにただ一度苦しまれました。」

白:罪赦され、きよめられる恵み

イザヤ書1章18節
「たとえ、お前たちの罪が緋のようでも、雪のように白くなる。」

ヨハネの手紙一1章9節
「神は真実で正しい方ですから、罪を赦し……」

青:洗礼、キリストに従う信仰告白

マタイによる福音書28章19節
「父と子と聖霊の名によって洗礼を授け……」

ローマの信徒への手紙6章3〜4節
「わたしたちは洗礼によってキリストと共に葬られ……」

緑:信仰の成長

ペトロの手紙二3章18節
「主イエス・キリストの恵みと知識において成長しなさい。」

ヨハネによる福音書15章5節
「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。」

金:天の御国、救いの完成

ヨハネによる福音書14章2〜3節
「わたしの父の家には住む所がたくさんある。」

ヨハネの黙示録21章3〜4節
「神が人と共に住み……もはや死はなく……」

「文字のない本が語る福音」

今朝は野外礼拝です。いつもの礼拝堂ではありません。椅子も違います。空気も違います。風の音も、鳥の声も聞こえるかもしれません。そして今日は教会学校もなく、子どもたちも大人と一緒に礼拝しています。

ですから今朝は、聖書をあちこち開いて難しい話をするのではなく、バプテストの信仰の遺産の一つ、「文字のない本」を通して福音を聞きたいと思います。

この「文字のない本」は、イギリスの有名なバプテスト説教者、チャールズ・スポルジョンが用いたことで知られています。文字はありません。難しい説明もありません。ただ色があります。その色が、福音を語るのです。

最初のページは、黒です。

黒は、罪を表します。罪とは、ただ悪いことをしたというだけではありません。神様を神様とせず、自分を中心にして生きることです。神様から離れていることです。

聖書は言います。「人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなっています。」これは、誰か特別に悪い人だけの話ではありません。子どもも、大人も、牧師も、教会に長く来ている人も、みんなこの言葉の前に立たされます。

野外で遊ぶと、服が汚れることがあります。泥がつけばすぐ分かります。でも、心の汚れは外からは見えません。にこにこ笑っていても、心の中には怒りがあります。人をうらやむ思いがあります。嘘があります。自分の都合を第一にしてしまう心があります。

私たちは、自分の力でこの黒い罪を白くすることができません。けれども、福音はここで終わりません。

次のページは、赤です。

赤は、イエス・キリストの十字架の血を表します。神様は、罪の中にいる私たちを見捨てられませんでした。私たちが神様のもとに帰る道を開くために、独り子イエス・キリストをこの世に送ってくださいました。

イエス様は、ただ優しい先生だったのではありません。ただ立派な教えを語った人でもありません。イエス様は、私たちの罪を背負って十字架にかかってくださいました。

聖書は言います。「わたしたちがまだ罪人であったとき、キリストがわたしたちのために死んでくださった。」ここが福音の中心です。

私たちが立派になったから救われるのではありません。反省が上手だから赦されるのでもありません。まだ罪人であったとき、神様に背を向けていたとき、キリストが私たちのために死んでくださったのです。

赤いページは、こう語ります。あなたの罪は本物です。しかし、キリストの十字架も本物です。あなたの罪は深い。しかし、キリストの愛はもっと深い。

次のページは、白です。

白は、赦しときよめを表します。黒く汚れた心が、イエス様によって白くされる。これが救いです。

聖書は言います。「たとえ、お前たちの罪が緋のようでも、雪のように白くなる。」

神様は、「少しだけましにしてあげる」と言われるのではありません。「何とか見逃してあげる」と言われるのでもありません。キリストを信じる者を赦し、きよめ、神の子として受け入れてくださるのです。

私たちは、過去を消すことはできません。言ってしまった言葉、してしまったこと、しなかった愛、逃げてしまった責任。自分では元に戻せないことがあります。

けれども、神様は赦すことがおできになります。キリストの十字架によって、罪人は新しくされます。黒が白に変えられるのです。

次のページは、青です。

青は、水を思い起こさせます。バプテストにとって、この青は特に大切です。洗礼です。

ただし、ここを間違えてはいけません。洗礼を受けたから罪が消えるのではありません。水そのものに、人を救う力があるのではありません。私たちを救うのは、イエス・キリストの十字架と復活です。

では、洗礼とは何でしょうか。

洗礼とは、「私はイエス・キリストを信じます。キリストと共に古い自分に死に、キリストと共に新しい命に生きます」という信仰告白です。

ローマ6章には、洗礼によってキリストと共に葬られ、キリストと共に新しい命に生きるとあります。水の中に沈められることは、古い自分がキリストと共に死ぬことを表します。水から上げられることは、キリストの復活の命にあずかって新しく生きることを表します。

バプテスト教会は、この信仰告白としての洗礼を大切にしてきました。親が信じているからではなく、周りがそうしているからでもなく、自分自身がキリストを信じ、キリストに従う者として歩み出す。そのしるしが洗礼です。

次のページは、緑です。

緑は、成長を表します。今日、私たちは野外にいます。草も木も見えます。木は一日で大きくなりません。草も、種がまかれて、光を受け、水を受け、少しずつ育ちます。

クリスチャンも同じです。イエス様を信じたら、その瞬間から何もかも完璧になるわけではありません。相変わらず失敗します。怒ることもあります。迷うこともあります。

しかし、神様の命をいただいた人は、少しずつ育てられていきます。礼拝を通して、祈りを通して、聖書を通して、教会の交わりを通して、キリストに似た者へと成長させられていきます。

子どもたちも、大人たちも、信仰の成長の途中にいます。教会は、完成した人だけが集まる場所ではありません。赦された罪人が、恵みによって育てられていく場所です。

そして最後のページは、金です。

金は、天の御国を表します。神様と共に住む、救いの完成です。

聖書は言います。「神が人と共に住み、人は神の民となる。神は自ら人と共にいて、その神となり、彼らの目の涙をことごとくぬぐい取ってくださる。」

信仰の旅は、黒で終わりません。罪で終わりません。失敗で終わりません。死で終わりません。キリストを信じる者には、神様と共に生きる永遠の希望があります。

文字のない本は、難しい本ではありません。しかし、福音の道筋をはっきり語っています。

黒。私たちは罪人です。
赤。キリストが十字架で死んでくださいました。
白。信じる者は赦され、きよめられます。
青。救われた者は洗礼によって信仰を告白します。
緑。神の恵みの中で成長していきます。
金。やがて神の御国で、主と共に生きます。

今朝、この野外の空の下で、神様は私たちを招いておられます。

「あなたの罪を知っている。けれども、わたしはあなたを愛している。わたしの子イエス・キリストを、あなたのために与えた。わたしのもとに帰ってきなさい。」

子どもも、大人も、初めて聞く人も、長く教会にいる人も、この福音をもう一度受け取りましょう。

文字はありません。けれども、神様の愛ははっきり語られています。

イエス・キリストによって、私たちは罪赦され、神の子とされ、やがて金色に輝く御国へ迎えられるのです。

アーメン。

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