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説教

マルコ5章1~20節 墓場から家へ、社会を変える福音

今朝、私たちに与えられている御言葉は、少し不思議で、少し怖くて、しかし最後には深い慰めに満ちた物語です。ゲラサ人の地方で、悪霊に取りつかれていた一人の人が、主イエスによって救われる物語です。この人は、墓場に住んでいました。家ではありません。町でもありません。人の生活の場ではなく、死者のいる場所です。しかも、彼は鎖でつながれていました。足枷もはめられていました。しかし、彼はその鎖を引きちぎり、足枷を砕いてしまう。人々は彼を恐れました。家族も、近所の人も、村の人も、どうしてよいか分からない。どうにもできない。だから、彼を墓場に追いやったのです。これは、ただ「昔は精神病の理解がなかった」という話だけではありません。もちろん、現代の私たちは、病を悪霊と短絡的に結びつけてはいけません。心の病、発達の課題、依存症、孤独、トラウマ、そういうものに苦しむ人を、「信仰が足りないからだ」「悪霊のせいだ」と決めつけることは、福音ではなく暴力です。
時事問題

福音派は本当に危険なのか?

一酸化二水素(ジハイドロジェン・モノオキサイド)という物質をご存じでしょうか。この物質は、吸い込むと人を死に至らせることがあります。気体になれば皮膚に深刻な火傷を負わせ、固体になれば交通事故や転倒事故の原因にもなります。金属の腐食を進め、建物や橋、車の劣化にも関わります。農薬散布や工業排水にも含まれ、原子力施設でも大量に使われています。しかも、河川にも雨にも食品にも、そして人間の体内にも存在しています。
説教

使徒2章1~13節 ペンテコステー教会の誕生日

今日はペンテコステです。よく「教会の誕生日」と言われます。誕生日というと、ケーキがあって、ろうそくがあって、プレゼントがあって、「ハッピーバースデー」と歌います。けれども教会の誕生日は、少し不思議です。ろうそくを吹き消すのではなく、炎のような舌が一人ひとりの上にとどまりました。プレゼントをもらうのではなく、聖霊という神からの賜物が与えられました。そして「おめでとう、教会」と祝うだけでなく、「さあ、出て行って福音を語りなさい」と送り出される日でした。
サブカルを神学してみた

ワンピース「うそつきノーランド」を神学してみた

世界で最も読まれている漫画の一つが何か、ご存じでしょうか。尾田栄一郎さんの『ONE PIECE』です。全世界累計発行部数は6億部を突破しており、ギネス記録も樹立しています。もはや単なる「海賊漫画」ではありません。現代人の想像力を形づくる、巨大な冒険神話と言ってよい作品です。その『ONE PIECE』の空島編に、「うそつきノーランド」として後世に名を残した人物が登場します。正式には、モンブラン・ノーランド。北の海ルブニール王国の探検船提督であり、優れた植物学者でもあった人物です。彼は黄金郷を見ました。しかし、それを証明できなかった。そのため後世には、黄金郷を見たと嘘をついた男として語り継がれることになります。
時事問題

それは本当に全部イスラエルの責任なのでしょうか?報じられないパレスチナ自治政府の腐敗

先週、パレスチナ自治政府、(略称PA)の中心勢力であるファタハで、マフムード・アッバス氏が再び議長に選ばれました。正確に言えば、これはPA大統領選挙での再選ではありません。PAの主流派の政党ファタハの議長としての再選です。しかし、むしろそこにこそ問題の根深さがあります。アッバス氏は現在90歳です。90歳といえば、日本で言えば森喜朗元首相や二階俊博元自民党幹事長に近い世代です。政治家として経験豊富というより、普通なら「そろそろ後進に道を譲るべきではないか」と問われる年齢です。
説教

文字のない本が語る福音

文字のない本は、難しい本ではありません。しかし、福音の道筋をはっきり語っています。黒。私たちは罪人です。赤。キリストが十字架で死んでくださいました。白。信じる者は赦され、きよめられます。青。救われた者は洗礼によって信仰を告白します。緑。神の恵みの中で成長していきます。金。やがて神の御国で、主と共に生きます。
お知らせ

明日は野外礼拝です。いつもの礼拝堂では礼拝がありません。ご注意ください。

明日は野外礼拝です。いつもの礼拝堂では礼拝がありません。また、大人とこどもの合同礼拝も、おとなの礼拝と一緒に10時半から教会学校で行います。ご注意ください。
説教

ルカ16章11~32節 父の家に入らない兄息子

今日、私たちに与えられている御言葉は、いわゆる「放蕩息子のたとえ」です。教会に長く通っている方なら、何度も聞いたことがあるかもしれません。教会学校でもよく語られる箇所です。ある人は、この物語を「聖書の中の真珠」と呼びました。それほど美しく、それほど深く、それほど福音そのものを語っている箇所です。しかし、このたとえを何度も聞いていると、私たちはつい思ってしまいます。「ああ、あの話ね。財産をもらって家を出た息子が、失敗して帰ってくる話でしょう。そして父が赦してくれる話でしょう」と。もちろん、その通りです。けれども、この話はそれだけではありません。実は、この物語の最後で、家の外にいるのは、放蕩した弟ではありません。家の外に立っているのは、まじめで、正しくて、ずっと父の家にいたはずの兄なのです。今日は、この有名な「放蕩息子」のたとえを、特に「兄息子」にも目を向けながら聞いていきたいと思います。
説教

使徒1章1~11節 セカイノオワリよりあなたに伝えたいこと

今日の箇所で、復活されたイエス様は、四十日にわたって弟子たちに現れ、神の国について語られました。弟子たちは、もう何度も失敗した人たちです。イエス様が捕らえられた時には逃げました。ペトロは三度、主を知らないと言いました。十字架の前では、ほとんど誰も立っていられませんでした。けれども、復活の主は、その弟子たちを見捨てませんでした。「あんたら、もうええわ」とは言われなかった。「こんな大事な時に逃げた者には任せられへん」とは言われなかった。復活の主は、傷を持ったまま、弟子たちに現れます。そして彼らに、もう一度語ります。神の国について語ります。これからあなたがたは、聖霊を受けるのだと語ります。
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出エジプト14章10~32節 年十二回で学ぶモーセ五書  モーセが海を割る有名なところ

今日、私たちは旧約聖書を月に一度たどりながら、創世記を除くモーセ五書を一年で俯瞰する旅を続けています。出エジプト記1章、2章では「創世記のその後」として、神の約束の民がエジプトで奴隷になっていた現実を見ました。3章では、燃える柴の前でモーセが召され、「わたしはある」という神の御名が示されました。12章では、過越の小羊の血によって、裁きの夜に救いが備えられたことを見ました。 そして今日はいよいよ出エジプト記14章です。副題に書きました。「モーセが海を裂くあの有名なところ!」です。旧約聖書をあまり知らない人でも、この場面だけは何となく知っているかもしれません。映画『十戒』でチャールトン・ヘストンが杖を上げると海がバーッと裂ける。アニメ『プリンス・オブ・エジプト』でも圧巻の場面です。日曜学校の紙芝居でも、子どもたちが「おおっ」となる場面です。 けれども、ここで最初に言っておきたいのです。これは「モーセすごい」の話ではありません。モーセが手品師のように海を割った話ではない。これは、追い詰められた民のために、神ご自身が救いの道を開かれた物語です。