チ。原作14話を神学してみた。ヨレンタが「異教徒の天文学」によだれを垂らした理由

チ。原作14話を神学してみた。ヨレンタが「異教徒の天文学」によだれを垂らした理由 サブカルを神学してみた

『チ。―地球の運動について―』原作14話、アニメ7話までのネタバレを含みます。
また、原作の話数に合わせて神学(考察)していきますので、以下の過去作をまだご覧になっていない方はご覧ください。



チ。地球の運動について を神学してみた。|サブカル好きの牧師|note


チ。地球の運動についてを原作に基づいて、週2回くらいのペースで神学(考察)していく予定です。


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よだれを垂らすヨレンタ

※原作第14話までの内容に触れます。
原作第14話で、ヨレンタが思わず垂涎する言葉があります。
「中東異教徒の古代ギリシャ天文学の修正」
天文学の研究内容を天井裏から盗み聞いて、よだれを垂らす女性。冷静に考えれば、なかなか凄い場面です。
では、この「中東異教徒」とは誰なのでしょうか。そして、ギリシャ天文学をいったいどう修正したのでしょうか。
本物のキリスト教の牧師である私が、今回は少しだけイスラム科学史に寄り道しながら神学してみます。

「中東異教徒」とは、おそらくイスラム教徒

結論から言えば、ここでいう「中東異教徒」とは、まず間違いなくイスラム圏の学者たちを指しています。
ただし、「異教徒」という言葉には注意が必要です。イスラム教は多神教ではありません。唯一の神を信じ、アブラハムやモーセやイエスにも言及する、徹底した一神教です。キリスト教とはイエス・キリストをどう理解するかをはじめ、決定的な違いがありますが、「神を信じない人々」という意味での異教徒ではありません。
作品内のC教、言わずもがなキリスト教側から見て、「自分たちの信仰の外にいる人々」を一括してそう呼んでいるのでしょう。中世ヨーロッパ人の視線を表した言葉です。
さらに厳密に言えば、イスラム世界の科学を担ったのはイスラム教徒だけではありません。アラビア語を共通語として、ユダヤ教徒、東方キリスト教徒、ペルシア系の学者なども知の営みに加わりました。
ですから「イスラム科学」とは、「イスラム教の教義だけから生まれた科学」というより、イスラム文明圏で多様な人々が育てた科学、と考えた方が正確です。

ギリシャ天文学は、保存されただけではなかった

よく知られているのは、古代ギリシャの学問がアラビア語に翻訳され、イスラム世界に保存され、それが後にヨーロッパへ戻ったという話です。
たしかに、それは事実です。しかし「イスラムの学者は、ギリシャ人の本を預かっていただけ」と考えるなら、かなり失礼です。彼らは倉庫番ではありません。
読んで、計算して、観測して、間違いを見つけ、修正しました。
天文学の土台になったのは、2世紀のプトレマイオスがまとめた『アルマゲスト』です。天動説を前提としながら、太陽、月、惑星の動きを数学的に予測する大著でした。
9世紀のアル=ファルガーニーは、その内容を整理し、観測値を改めました。彼の著作は12世紀にラテン語へ翻訳され、ヨーロッパでプトレマイオス天文学を学ぶための標準的な入門書になります。
11世紀のイブン・アル=ハイサムは『プトレマイオスへの疑問』を書き、計算上は動いても、現実の天体の運動としては不自然ではないかと批判しました。13世紀には、現在のイランに造られたマラーガ天文台で、ナスィールッディーン・トゥースィーらが新しい幾何学的な仕組みを考案します。
つまり「ギリシャ天文学の修正」は、魚豊先生が雰囲気で置いた言葉ではありません。
8世紀から15世紀にかけて、イスラム圏の天文学者たちは実際にプトレマイオス体系を検討し、観測表を更新し、弱点を指摘していました。
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15世紀にも、イスラム圏には巨大天文台があった

では、『チ。』の舞台である15世紀にはどうだったのでしょうか。
ちょうど同じ時代、中央アジアのサマルカンドでは、ティムール朝の君主ウルグ・ベクが巨大な天文台を築いていました。
そこでは大規模な観測装置を使い、プトレマイオス以来となる本格的な星表が作られました。992個の恒星の位置を観測に基づいてまとめ、三角関数の表も驚くほど高い精度で計算しています。
一方、15世紀ヨーロッパも、ただ暗闇の中で震えていたわけではありません。大学があり、ルネサンスが進み、プールバッハやレギオモンタヌスのような優れた天文学者も登場していました。
ですから、「イスラム世界は全部進んでいて、ヨーロッパは全部遅れていた」と単純化するのも違います。
それでも、天文学と数学において、イスラム圏が長く世界最高水準の知識を蓄積し、15世紀にも第一級の研究拠点を持っていたことは確かです。ヨーロッパの学者たちは、アラビア語から翻訳された書物を通して、その成果を懸命に吸収していました。
イブン・シャーティルらの惑星理論と、後のコペルニクスの数理モデルにはよく似た部分があります。マラーガ学派の理論の一部がビザンツを経由してヨーロッパへ伝わったことも分かっています。
ただし、コペルニクスがどの経路でそれを知ったのかは、今も断定できません。「イスラムの地動説をコペルニクスがある程度丸写しした」のかも知れませんし、そうでないかもしれません。
そもそも、イスラム圏の天文学者の多くも地球中心説を採っていました。彼らが修正したのは、必ずしも「天動説を地動説に変えること」ではなく、天動説の中にある数学的・物理的な不自然さでした。
だからこそ、世界は単純で調和の取れた仕組みであるはずだと考えるバデーニや、その知的情熱に引き込まれたヨレンタにとって、これは垂涎ものなのです。

キリスト教神学も「異教徒」から学んだ

さて、ここからが「神学してみた」です。
実はキリスト教の神学も、イスラム世界から大きな知的恩恵を受けています。
中世西ヨーロッパでは、古代ギリシャ語の文献を自由に読める人は限られていました。ところが、イスラム世界ではアリストテレスなどの著作がアラビア語に訳され、研究され、さらに独自の注釈と議論が積み重ねられていました。
それがスペインのトレドなどでラテン語に翻訳され、ヨーロッパの大学へ入ってきます。
イブン・スィーナーはラテン語世界で「アヴィセンナ」、イブン・ルシュドは「アヴェロエス」と呼ばれました。
大著神学大全の著者としても有名なトマス・アクィナスをはじめとするキリスト教神学者たちは、彼らの議論を読み、反論し、ときには考え方を取り入れながら神学を組み立てました。アクィナスの神学が、ギリシャ哲学だけでなくアラビア哲学との対話の中で形成されたことは、現在の中世哲学研究では常識とされています。
ギリシャの知がアラビア語世界へ渡り、そこで修正され、ラテン語世界へ戻り、キリスト教神学の道具になる。まさに知識の逆輸入です。
もちろん、私はプロテスタントの牧師ですから、イスラム哲学を聖書と同じ権威に置くつもりはありません。
しかし「聖書だけを信じる」と、「聖書以外の人から何も学ばない」は、まったく別の話です。聖書の意味を考えるために、歴史学、言語学、考古学の助けを借りることはできます。
真理は、教会員証を見せた人にしか語れないわけではありません。

聖書研究も、アラビア語から助けられた

もっと直接に、聖書研究の例もあります。厳密には「聖書神学」というより、「聖書語学」や「聖書釈義」の分野です。
旧約聖書の大部分はヘブライ語で書かれています。そしてヘブライ語とアラビア語は、同じセム語族に属する親戚の言語です。
ヨーロッパでヘブライ語の知識が乏しくなっていた時代にも、イスラム文明圏に暮らすユダヤ人学者たちは、日常語・学術語であったアラビア語の文法を手がかりに、聖書ヘブライ語の文法や語根を研究しました。
10世紀のサアディア・ガオンは聖書をアラビア語に訳して注解し、ユダ・ハイユージュらはアラビア語文法の知見を用いてヘブライ語の仕組みを整理しました。その成果はイブン・エズラなどを通してヨーロッパへ伝わります。
『ケンブリッジ聖書史』も、ヘブライ語文法の科学的な発展が、アラビア語を用いたユダヤ人学者たちによって進められたことを指摘しています。
さらに時代は下りますが、17~18世紀のプロテスタント聖書学者たちは、難解な旧約聖書の単語を理解するため、アラビア語との比較を盛んに行いました。
オランダの改革派の背景を持つアルベルト・シュルテンスは、その代表です。彼はアラビア語を用いた比較によって、聖書ヘブライ語研究を大きく前進させました。
ただし、ここでも区別は必要です。これは「イスラム教の教義を聖書に持ち込んだ」という話ではありません。イスラム文明圏で保存・発達した言語資料と研究方法が、キリスト教徒の聖書理解を助けたという話です。

知識に「異端者」の札を貼る前に

教会はときどき、「誰が言ったか」にこだわりすぎて、「何が真実か」を見失います。
無神論者の学者だから読む必要はない。イスラム教徒の研究だから危険だ。教会の外から来た思想だから耳を塞ぐ。
そんな態度を取り続ければ、ヨレンタがよだれを垂らした知識も、アクィナスが用いた哲学も、プロテスタントの聖書学者が学んだアラビア語も、全部捨てなければなりません。
もちろん、何でも無批判に受け入れればよいわけではありません。アクィナスもイスラム哲学者に反論しました。
大切なのは、相手の宗教や肩書だけで拒絶せず、よく読み、吟味し、受け取るべきものを受け取ることです。
「中東異教徒の古代ギリシャ天文学の修正」
この短い言葉の中には、ギリシャからイスラム世界へ、イスラム世界からヨーロッパへと受け渡された、壮大な「知」のリレーが隠されています。
そして、そのリレーは天文学だけでなく、キリスト教の哲学や聖書研究にまで及んでいました。
ヨレンタが垂涎したのは、単なる珍しい外国の学説ではありません。自分たちが「異教徒」と呼んできた人々の世界に、自分たちの知らない宇宙の理解がある。その知識によって、自分たちの常識さえ修正されるかもしれない。その可能性です。
知識は、国境も宗教の境界線も越えていきます。
その繊細な歴史を、たった一つの研究題目で匂わせる『チ。』という作品に、あらためて敬意を表したいと思います。

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