チ。原作13話を神学してみた。バデーニの貼り紙は「95か条の提題」だった?

チ。原作13話を神学してみた。バデーニの貼り紙は「95か条の提題」だった? サブカルを神学してみた

『チ。―地球の運動について―』原作13話、アニメ7話までのネタバレを含みます。
また、原作の話数に合わせて神学(考察)していきますので、以下の過去作をまだご覧になっていない方はご覧ください。



チ。地球の運動について を神学してみた。|サブカル好きの牧師|note


チ。地球の運動についてを原作に基づいて、週2回くらいのペースで神学(考察)していく予定です。


note.com

バデーニの問題をハンマーで打ち付ける行為はあるものを想起させる。

『チ。―地球の運動について―』原作第13話の最後に、バデーニがある問題文を人目につく場所へ貼り出す場面があります。

現代日本人の感覚で見ると、ちょっと不思議です。

「難しい問題を、なんでわざわざ壁に貼るの?」
「分かる人を探したいなら、大学に問い合わせたらええやん」

そんなふうに思うかもしれません。

しかし、実はここが面白いのです。

中世から近世初頭のヨーロッパでは、議論したい問題や、学者たちに問いたい命題を公共の場所へ掲示し、討論相手を募ることがありました。

つまりバデーニは、何か怪文書を貼っているのではありません。

当時としては、それなりに正規の「学術討論のお知らせ」を出しているのです。このあたりに、作者の魚豊先生の考証の深さを感じます。

そして、この「問題を貼り出す」という行為は、後に世界史を大きく動かした、ある有名な出来事を連想させます。

そうです。

マルティン・ルターの「95か条の提題」です。

バデーニは何をしていたのか

バデーニは地動説研究を進めるために、自分たちだけでは解決できない問題を提示します。

そして、その問題を人目につくところへ貼り、答えられる者が現れるのを待つのです。

これを現代風に言えば、
「数学に詳しい人、至急連絡ください」
という投稿をしたようなものです。

もとい、SNSの「詳しい人お願いします」よりも、もっと硬い。大学の掲示板に、

「この命題について討論できる者を求む」

と掲示するようなものです。

バデーニは自信家ですから、単に教えてくださいと言うのではありません。しかし、自分一人の知識だけでは先へ進めないことも分かっている。

だから問題を外へ開くのです。

これ、けっこう肝要です。

知識は、誰か一人の頭の中だけに閉じ込めていても発展しません。問いが公開され、別の人がそれに応答し、さらに反論が加わることで前へ進んでいきます。

大学という仕組みも、本来はそのためにあります。

先生の言うことを黙って暗記するだけではありません。命題を出し、賛成する者と反対する者が議論し、どこに矛盾があるかを確かめる。中世の大学では、こうした「討論」が学問の重要な方法でした。

そしてルターも問題を貼り出した

バデーニたちが生きているのは15世紀のP国です。言わずもがな、おそらくポーランド王国をモデルにした国でしょう。

それから少し後の1517年、つまり16世紀初頭。ポーランドの隣国ドイツのヴィッテンベルクで、一人の修道士が問題を提起しました。

マルティン・ルターです。

フェルディナント・パウウェルス 《ルター、95か条の提題を扉に打ちつける》
フェルディナント・パウウェルス
《ルター、95か条の提題を扉に打ちつける》

ルターは1517年10月31日、贖宥状、一般には「免罪符」と呼ばれるものをめぐって、95項目の問題を提示しました。

ここで誤解してはいけません。ルターは最初から、
「今日からカトリック教会を倒して、新しいプロテスタント教会を作るぞ!」
と宣言したわけではありません。

そんなわけないだろう、と思うかもしれませんが、教科書や映画だけを見ると、そう見えてしまうのです。

当時のルターはカトリック教会の修道士であり、神学教授でした。彼が求めていたのは、まず教会と大学の内部での議論です。

95か条の正式な表題も、「贖宥の力を明らかにするための討論」という趣旨のものでした。つまりこれは、独立宣言というより問題提起です。

「贖宥状について、私と神学的に議論しませんか」

という討論会の案内だったのです。

伝統的には、ルターがヴィッテンベルク城教会の扉に、95か条を釘で打ちつけたと語られてきました。

ちなみに「城の壁」ではなく、「城教会の扉」です。

ルターがハンマーを振り下ろし、カーン、カーンと釘を打つ。すると、その音がヨーロッパ中に響き渡り、宗教改革が始まる・・・。

映画にしたら、めちゃくちゃ格好いい場面です。

ただし現在では、本当にルター自身が釘で打ちつけたのかについては議論があります。後世に作られた劇的な伝承ではないか、とも言われています。

確実なのは、ルターが同じ日に95か条を大司教へ送ったことです。

ですから、
「ルターが城教会の扉に95か条を打ちつけたことで、突然宗教改革が始まった」
と断言するのは少し慎重になった方がよいでしょう。

しかし、掲示したかどうかにかかわらず、95か条が学術討論のための「提題」であったことは重要です。

ルターが最初にしたことは、武器を取ることではありませんでした。

問いを提示したのです。

一枚の問題文が世界を動かす

ここでバデーニとルターが重なります。バデーニも、いきなり世界へ向かって、「地動説こそ真理だ。教会は間違っている!」と演説したわけではありません。

まず、問題を書きました。

そして、それを人の目に触れる場所へ出しました。

ルターも同じです。

いきなり教皇と全面戦争を始めたのではありません。

まず、問題を書きました。

「これは本当に福音にかなっているのか」

「人の罪の赦しを、お金と交換できるかのように語ってよいのか」

「教会は人々に、間違った安心を与えていないか」

ルターの問いは、当初は学者同士の討論を想定したものでした。

ところが、その問いは印刷され、複製され、ドイツ各地へ広がりました。さらに教会の権威、救い、聖書、信仰とは何かという大問題へ発展していきます。

そして結果的に、西方教会を大きく揺るがす宗教改革へつながりました。

一枚の提題が世界を動かしたのです。

もちろん宗教改革は、ルターの貼り紙だけで起きたわけではありません。

印刷技術の普及、教皇庁と各国の政治関係、神聖ローマ帝国内の諸侯の思惑、教会改革を求めていた以前からの運動など、さまざまな要因がありました。

歴史は一人の英雄がハンマーを一発振り下ろしただけで動くほど単純ではありません。

しかし、それでも、その始まりに「問い」があったことは確かです。

信仰は、問いを禁じることではない

『チ。』では、C教が問いを封じる側として描かれることがあります。

しかし、本来のキリスト教は、何も考えず権威に従うことだけを教えているわけではありません。

聖書にも、問いかける人がたくさん出てきます。

ヨブは苦しみの中で神に問い続けました。

詩編には、「主よ、いつまでですか」という祈りが繰り返されます。

預言者たちは、王や祭司や社会の常識に対して、「本当にそれでよいのか」と問いを突きつけました。

そして宗教改革もまた、教会の外から石を投げた無神論者によって始まったのではありません。

教会の中にいた修道士が、

「私たちの教会は、本当に聖書が語る福音に忠実なのか」

と問うたところから始まりました。

私はプロテスタントの牧師ですから、宗教改革を肯定的に評価します。

しかし、ここで「カトリックは間違い、プロテスタントは正しい」とだけ言って安心してはいけません。

プロテスタント教会だって、問いを嫌うことがあります。

牧師の説明に疑問を示すと、「信仰が足りない」と言われる。

教会の方針に意見すると、「一致を乱すな」と言われる。

権威ある人に質問すると、「神様に逆らっている」と言われる。

これ、現代日本の教会にも通じるところがあります。

宗教改革を記念しながら、教会内で誰にも問題提起を許さないなら、やっていることが逆です。

ルターの95か条を額縁に入れて飾りながら、現代の95か条は一枚も貼らせない。

そんな教会になってはいけません。

世界を動かすのは、まず問いである

バデーニが問題文を貼り出す場面は、一見すると地味です。

拷問もありません。大演説もありません。天体が美しく動く場面でもありません。

ただ、一枚の問題文が貼られるだけです。

しかし、考えてみれば、宗教改革もまた、後世の伝承では一枚の紙から始まりました。

バデーニの問題文も、ルターの95か条も、最初から世界を変える宣言として書かれたわけではありません。

解けない問題がある。

見過ごせない矛盾がある。

誰かと議論しなければならない。

その思いから、問いが外へ出されたのです。

そして公開された問いは、書いた本人の予想を超えて動き始めることがあります。

このマンガ、凄くないですか?

バデーニが紙を貼り出すという何げない場面の背後に、中世大学の討論文化があり、さらにその延長線上には、ルターの95か条と宗教改革まで見えてくるのです。

世界を変えるものは、いつも完成された答えとは限りません。

時には、誰かが勇気を出して貼り出した、一つの問いなのです。

皆さんなら、現代の教会の扉に、どんな問いを貼り出すでしょうか。

コメント

タイトルとURLをコピーしました