死海の水を神学してみた。「水を奪う国」から「水を分かち合う国」へ
井戸をめぐる争いから始まる聖書の世界
聖書の族長物語には、井戸をめぐる争いが何度も出てきます。アブラハムとアビメレクの間にも井戸をめぐる緊張がありました。イサクの時代にも、ゲラルの羊飼いたちと井戸をめぐって争いが起こりました。イサクはその井戸を「エセク」、つまり「争い」と名づけ、次の井戸を「シトナ」、つまり「敵意」と名づけました。そして、ようやく争われない井戸を得たとき、「主が今や、我々の場所を広げてくださった」と言い、その井戸を「レホボト」と呼びました。
古代の族長たちにとって、水は単なる生活資源ではありませんでした。水は命であり、家畜であり、土地であり、未来でした。水がなければ、家族も群れも生きられません。だから井戸は、時に戦争の理由になりました。
その意味で、現代の中東問題を考えるときも、水を抜きにしては語れません。石油、宗教、領土、民族対立ばかりに目を向けがちですが、その下にはいつも水があります。水を握る者が命を握る。水を握る者が農業を握る。水を握る者が都市を握る。そして、水を握る者が、ときに外交を握るのです。
死海はなぜ死にかけているのか
かつて私は、イスラエルを「水を握る国」として見ていました。ガリラヤ湖やヨルダン川の水を国内発展に用い、その結果、シリア、ヨルダン、パレスチナを水の面から不安定にしてきたのではないか、と考えていたのです。
実際、この見方には根拠がないわけではありません。当該地域の水がめガリラヤ湖の源流にあたるゴラン高原について、国連安保理決議497号は、イスラエルが同地に自国の法・管轄・行政を及ぼした決定を「無効で国際法上の効力を持たない」としました。国際社会の大勢は、今もゴラン高原をイスラエル領とは認めていません。
死海の水位低下は、自然現象だけでは説明できません。死海は主にヨルダン川から水を受ける湖ですが、上流で灌漑や生活用水として大量に水が使われるようになり、死海に届く水は大きく減りました。米国地質調査所は、上流の灌漑事業や水需要によって死海への流入が減り、水位が低下していると説明しています。
死海の低下は、特に1960年代以降に急激になります。イスラエルの国家導水路が1964年に本格稼働し、ガリラヤ湖の水が南へ送られるようになりました。さらに、ヨルダンやシリアもヤルムーク川などを農業・生活用水に使うようになりました。米国地質調査所は、死海の低下速度が1930〜1973年には年17センチ程度だったのに対し、1974〜1979年には年62センチ、1981〜1990年には年79センチ、1994〜2001年には年1メートルへ加速したと整理しています。
死海は出口のない湖です。水は川として外へ流れ出るのではなく、蒸発によって失われます。現在、死海は年1メートルを超える速さで低下し、その結果、かつて水面下だった土地が露出し、地下の塩の層が淡水で溶かされ、シンクホールと呼ばれる陥没穴が増えています。ロイターも、死海の水が年1メートル以上のペースで失われ、岸辺だった土地をシンクホールが飲み込んでいると報じています。
これは単なる景観の変化ではありません。環境破壊であり、観光資源の喪失であり、生活と雇用の問題です。シンクホールは道路、農地、観光施設を脅かします。死海周辺の観光が壊れれば、イスラエル側、ヨルダン側だけでなく、将来のヨルダン川西岸の観光・雇用の可能性も削られます。世界銀行は、ヨルダン川西岸のC地区には大きな観光ポテンシャルがあるにもかかわらず、パレスチナ人にとって十分に活用されていないと指摘し、死海観光が発展すれば直接雇用約2,900人、年間収入2.9億ドル規模の可能性があると試算しています。
つまり、死海の水位回復は、ただ湖を守る話ではありません。環境を守り、観光を守り、雇用を守り、将来の和平後の生活基盤を守る話なのです。
水を奪う国から、水を作る国へ
ここまでをお読みいただければお分かり頂けたように、「イスラエルが水を握り、死海を痩せさせた」という批判は、決して私の個人的な偏見ではありません。しかし、ここで話は終わらないのです。近年のイスラエルは、単に「水を奪う国」ではなく、水を作る国へと変貌しています。私も認識を新たにさせられました。
第一が、海水淡水化です。イスラエルは地中海沿岸の大規模淡水化施設によって、生活用水の大部分を海から作る国になりました。米国環境保護庁関係の報告も、イスラエルが水不足国から水安全保障を持つ国へ転換した背景として、海水淡水化と水再利用を挙げています。
第二が、下水再利用です。ここがイスラエルの水革命の核心です。イスラエル国家監査官の2024年報告は、イスラエルが農業灌漑向けの処理済み排水再利用で世界をリードし、排水の80%超を農業に使っていると説明しています。同報告によれば、2位のスペインの30%を圧倒的に引き離しています。
つまり、イスラエルでは、家庭や都市から出る排水を、ただ捨てるのではなく、農業用水として再び使うのです。日本では、水は山から川へ、川から海へ流れるものと考えがちです。しかし砂漠の国では、水は一度使ったら終わりではありません。水は何度も使う。下水も資源に変える。海も飲み水に変える。ここに、イスラエルの驚異があります。
ガリラヤ湖へ水を戻す逆送水
この転換を象徴しているのが、国家導水路の逆送水プロジェクトです。
もともとイスラエルの国家導水路は、1964年に稼働を始めた巨大インフラでした。ガリラヤ湖、つまりキネレト湖から水をくみ上げ、イスラエル中央部や南部へ送り、飲料水と農業用水を供給するためのものでした。つまり、かつての水の流れは、北から南へでした。
ところが、今はその水の流れが逆になりつつあります。地中海沿岸で淡水化した水を、国土中央部から北へ送り返す。
これがどれほどの事か分かりますか?
日本に例えれば、今まで、近畿の水瓶琵琶湖の水を琵琶湖疎水などを使って活用してきたが、大阪湾から取水して海水を淡水化しポンプとパイプラインを使って淀川沿いに逆送水し、琵琶湖に水を戻すと言っているようなものなのです。
イスラエル国営水道会社メコロットは、この「National Carrier Flow Reversal Project」について、イスラエル史上初めて国家導水路の流れを逆転させ、ガリラヤ湖を戦略的水源として守り、北部地域の水供給を強化し、ヨルダンとの水供給義務にも役立てるものだと説明しています。
2026年3月には、この逆送水システムが毎時約4,000立方メートルを送水し、さらに別系統と合わせて毎時約5,000立方メートルへ拡大する見通しだと報じられました。これは一日で約12万立方メートル、淡水なら約12万トン規模です。
これは単に水道管の向きを変えた話ではありません。ガリラヤ湖は、かつて「水を抜かれる湖」でした。しかし今や、海から作った水を受け入れる「水を戻される湖」になりつつあるのです。しかも、この水はツァルモン川のような周辺河川の生態系回復にもつながる可能性があります。水を作り、湖へ戻し、川をよみがえらせる。これは中東の水政治の構造を変える一歩です。
ヨルダンを支える水の条約
この技術は、ヨルダンとの関係にも直結します。
1994年のイスラエル・ヨルダン平和条約の附属書IIは、水の配分を細かく定めています。イスラエル政府の要約でも、イスラエルはヨルダンへ年間5,000万立方メートルの水を移送することに合意したと説明されています。5,000万立方メートルとは、淡水ならほぼ年間0.5億トンの水です。
ヨルダンは世界でもっとも水に苦しむ国の一つですから、この水は単なる外交儀礼ではありません。命綱です。水の条約は、和平条約の付属物ではなく、和平そのものを支える柱なのです。
アカバからアンマンへ
ヨルダン自身も、国家の命運をかけた巨大な水プロジェクトを進めています。それが、アカバ―アンマン海水淡水化・導水プロジェクトです。
これは、紅海に面するアカバで海水を淡水化し、438キロの導水路でアンマンなど北部へ送る計画です。年間3億立方メートル、つまり3億トン規模の飲料水を生産し、2030年には都市用水需要の約40%をまかなう旗艦事業とされています。 欧州投資銀行の資料も、この事業では年間3億立方メートルの水を作り、そのうち2.5億立方メートルをアンマンへ、5,000万立方メートルをアカバへ送ると説明しています。
つまり、ヨルダンはイスラエルから水を受けるだけでなく、自ら海水淡水化によって水の自立を目指しています。中東和平に必要なのは、どちらか一方が相手に命綱を握られる構造ではありません。互いに水を作り、足りないところを補い合う構造です。
太陽をヨルダンから、水をイスラエルから
さらに興味深いのが、ヨルダン、イスラエル、UAEによる「Project Prosperity(繁栄計画)」です。これは二つの柱からなります。
一つは、Prosperity Green。ヨルダン国内に600MW規模の太陽光発電所を建設し、そこで発電された再生可能エネルギーをイスラエルへ輸出する構想です。もう一つは、Prosperity Blue。イスラエル側で海水を淡水化し、ヨルダンへ年間2億立方メートル、つまり約2億トンの飲料水を供給する構想です。国際エネルギー機関も、この構想を、ヨルダンの太陽光発電とイスラエルの淡水化水を組み合わせる政策として整理しています。
これは実に面白い発想です。ヨルダンには広大な土地と強烈な日射があります。しかし水が足りません。イスラエルには海水淡水化技術があります。しかし再生可能エネルギーの確保は重要課題です。そこで、ヨルダンは太陽を差し出し、イスラエルは水を差し出す。UAEは資金と外交的後押しを担う。砂漠の日差しを電気に変え、地中海の水を飲み水に変え、国境を越えて電線と水道管で結ぶ。まさに、水と光による和平です。
ただし、この構想はまだ完成した和平インフラではありません。ガザ戦争後、ヨルダンは実施合意への署名を停止したと報じられています。 しかし、だからこそ重要です。戦争が水と電気の協力を止めるなら、逆に言えば、水と電気の協力こそ、戦後の信頼回復の土台になり得るからです。
死海の水を神学する
もちろん、イスラエルを手放しで礼賛することはできません。パレスチナ人の水アクセス、ガザの水道インフラ、占領下の水資源管理には今も深刻な問題があります。水技術が優れていることは、占領や不公正を帳消しにする免罪符ではありません。
しかし同時に、もう一つの現実も見なければなりません。
かつて水は、中東で奪い合うものでした。これから水は、中東で作り、循環させ、分かち合うものになり得ます。ガリラヤ湖は、かつて「水を抜かれる湖」でした。しかし今や、「水を戻される湖」になりつつあります。ヨルダン川は、かつて下流に水が届かなくなった川でした。しかし将来、淡水化水と再生水によって、少しずつ流れを取り戻す可能性があります。死海は、沈黙のうちに痩せていく湖でした。しかし、水位回復への努力は、環境を守り、観光資源を守り、将来の西岸の雇用を守ることにもつながり得ます。
族長たちの時代、井戸は争いの原因でした。けれどもイサクは、争われない井戸を得たとき、その場所を「レホボト」と呼びました。「主が場所を広げてくださった」という意味です。水が争いから解放されるとき、人の住む場所が広がる。これは、現代中東にも響く神学です。
荒れ野に水が湧くという希望
聖書には、荒れ野に水が湧く幻が繰り返し出てきます。
「荒れ野に水が湧きいで
荒れ地に川が流れる。」
イザヤ書35章6節。
またイザヤ書41章18節には、こうあります。
「わたしは裸の山に大河を開き
谷間に泉を置く。
荒れ野を湖とし
乾いた地を水の源とする。」
もちろん、現代の海水淡水化装置をそのまま聖書預言の成就だと言うべきではありません。けれども、約束の地と呼ばれたこの地域で、海の水が飲み水に変えられ、下水が農地を潤し、ガリラヤ湖に水が戻され、ヨルダン川の流れが回復し、ヨルダンの民の命を支えるなら、そこには確かに、聖書が描いた平和の幻と響き合うものがあります。
水は、戦争の理由にもなる。
しかし、水は、平和の理由にもなる。
イスラエルの水技術は、過去の傷を消す魔法ではありません。けれども、未来の和解を支える道具にはなり得ます。
「水を奪う国」から「水を作る国」へ。
そして、「水を支配する国」から「水を分かち合う国」へ。
もしその方向へ進むなら、死海はただの「死」海で終わらないかもしれません。荒れ野に水が湧き、乾いた地に川が流れる。その聖書の幻は、いま中東の水道管と淡水化施設を通して、ほんの少し現実の形を取り始めているのです。

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