チ。原作18話を神学してみた。地動説はコペルニクスより1800年前にあった?

チ。原作18話を神学してみた。地動説はコペルニクスより1800年前にあった? サブカルを神学してみた

『チ。―地球の運動について―』原作18話、アニメ8話までのネタバレを含みます。
また、原作の話数に合わせて神学(考察)していきますので、以下の過去作をまだご覧になっていない方はご覧ください。



チ。地球の運動について を神学してみた。|サブカル好きの牧師|note


チ。地球の運動についてを原作に基づいて、週2回くらいのペースで神学(考察)していく予定です。


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アリスタルコスを引き継ぐ者

原作第18話で、バデーニはピャスト伯の前に立ち、自分を「アリスタルコスを引き継ぐ者」だと名乗ります。

アリスタルコス。

世界史の教科書で見た気もするけれど、いきなり名前が出てきても、「誰やったっけ?」となる人が多いのではないでしょうか。

さらに、若き日のピャスト伯の回想には、金属製の「アストロラーベ」が登場します。これまた見た目は格好いいのですが、何をする道具なのかは、いまひとつ分かりません。

そこで今回は、第18話に登場するアリスタルコスとアストロラーベを中心に、その背景にいるデモクリトス、エラトステネスについても、本物のキリスト教の牧師である私が神学――もとい、考察してみます。

なお、人名は一般的な日本語表記に合わせて「デモクリトス」「エラトステネス」と記します。

コペルニクスより1800年前に地動説を唱えた人

アリスタルコスは、紀元前3世紀ごろ、エーゲ海のサモス島に生まれた天文学者・数学者です。

驚くべきことに、彼はコペルニクスより約1800年も前に、太陽を宇宙の中心に置き、地球が太陽の周りを回りながら自転しているという考えを提示しました。

「地動説といえばコペルニクス」と学校で習った私たちからすれば、えっ、そんな昔にもうあったの、となります。

ただし、「アリスタルコスが最初に完全な地動説を証明した」とまでは言えません。彼が示したのは、現在知られている範囲では最初期の太陽中心モデルです。当時の観測技術では、それを決定的に証明することはできませんでした。

たとえば、地球が動いているなら、地球の位置が変わるにつれて恒星の見える角度も少し変わるはずです。これを「年周視差」といいます。ところが、肉眼ではその変化が見えません。

アリスタルコスは、恒星が想像を絶するほど遠くにあるから変化が見えないのだと考えたようです。

実際、その方向性は正しかったのです。しかし当時の人からすれば、「地球が動いているように見えない」という常識に対して、「いや、星がめちゃくちゃ遠いから見えないだけです」と答えているわけです。

いや、それを信じろと言われても、なかなか難しい。

結局、より完成度の高いアリストテレスやプトレマイオスの天動説が広く受け入れられ、アリスタルコスの考えは主流になりませんでした。

しかも、彼が太陽中心説を詳しく記した著作そのものは失われています。現在残っているアリスタルコス唯一の著作は『太陽と月の大きさと距離について』ですが、彼の太陽中心説は、おもにアルキメデスら他の著者による言及から知られています。アメリカ大気研究センターの解説にも、その事情が紹介されています。

ここ、実は『チ。』という作品にとって、ものすごく重要です。

アリスタルコス本人の本は失われた。それでも、別の人が彼の考えを書き残したので、約2300年後の私たちも彼を知っています。

一人の人間は死ぬ。本も失われる。しかし、誰かが受け取り、書き写し、次の人へ渡せば、思想は生き残る。

このマンガ、凄くないですか?

バデーニが「アリスタルコスを引き継ぐ者」と名乗るのは、単に「私は地動説派です」と自己紹介しているのではありません。

消えかけた思想を、もう一度歴史の中へ戻す者だと宣言しているのです。

アストロラーベは中世のスマートフォン?

次に、若き日のピャスト伯が教授から託された金属製のアストロラーベです。

アストロラーベとは、星や太陽の高度を測り、時刻や天体の位置を調べるための観測器具です。種類や目盛りによっては、日の出・日の入りの時刻や方角、緯度、特定の時刻に見える星なども求められます。

電気は使いませんが、複数の計算を一つの道具で処理できる。いわば、中世のアナログコンピューターです。

もとい、星空専用スマートフォンみたいなものです。電話はできませんが。

アストロラーベの原型は古代ギリシャにありましたが、これを大きく発展させたのはイスラム世界の学者たちでした。イスラム教では、一日に何度もメッカの方向を向いて礼拝します。そのため、時刻や太陽の位置、メッカの方角を正確に知ることには宗教上の実用性もありました。

イスラム世界で改良されたアストロラーベは、やがてヨーロッパへ伝わります。大英博物館も、古代ギリシャからイスラム世界を経て、ヨーロッパの科学文化へ受け継がれた道具だと説明しています。また、メトロポリタン美術館は、初期ルネサンスまでイスラム世界とヨーロッパで最重要の天文器具だったと紹介しています。

第14話でヨレンタが「中東異教徒のギリシャ天文学の修正」という言葉に食いついたことを覚えているでしょうか。

あそこで言われていた「中東異教徒」とは、言わずもがなイスラム世界の学者たちです。

そして第18話では、そのイスラム世界から伝わった知識を用いて作られたと思われる金属製のアストロラーベが、若きピャスト伯に託されます。

つまり、ピャスト伯はキリスト教世界の学者ですが、彼が夜空を測るために使っている道具には、古代ギリシャとイスラム世界の知恵が詰まっているのです。

「キリスト教対異教」「西洋対中東」という単純な図式ではありません。知識は、国境や宗教の境界線を越えて運ばれていました。

デモクリトス――世界は「原子」と「空虚」からできている

デモクリトスは、紀元前5世紀から4世紀ごろの古代ギリシャの哲学者です。

彼は師であるレウキッポスとともに、世界を構成するものは、これ以上分割できない小さな粒と、その粒が動く空間だと考えました。

この分割できない粒をギリシャ語で「アトモス」といいます。現代の「アトム」、つまり原子の語源です。

もちろん、デモクリトスが顕微鏡で原子を発見したわけではありません。彼の原子論は、観測実験によって得られた近代科学の原子論とは違い、哲学的な思考によって組み立てられた仮説でした。

しかも現代の物理学では、原子も電子や原子核に分けられ、原子核もさらに細かな粒子から成ると分かっています。

ですから、「デモクリトスは現代物理学を完全に予言していた」というのは、少し言いすぎです。

それでも、目の前に見える物質の背後に、目には見えない共通の仕組みがあると考えたのは驚くべきことです。スタンフォード哲学百科事典が説明するように、デモクリトスは、最小の物体が無限の空虚の中を運動することによって自然界が成り立つと考えました。

この思想は、キリスト教とは緊張関係を持ちました。

世界のすべてが原子と空虚の運動だけで説明できるなら、神の創造や摂理は必要ないのではないか。魂も原子の集まりなら、死後の命はないのではないか。そう考えられたからです。

ただし、ここは切り分ける必要があります。

「物質が小さな粒からできている」という自然についての説明と、「だから神はいない」という思想上の結論は、同じものではありません。

実際、後の時代には、フランスの司祭でもあったピエール・ガッサンディが、古代原子論をキリスト教的な創造信仰と両立させようとしました。原子が存在するとしても、その原子を創造し、秩序を与えた神を否定する必要はないと考えたのです。

私はプロテスタントの牧師ですから、聖書が神の創造を教えていることは大切にします。しかし、聖書は物質が原子でできているかどうかまで説明する科学教科書ではありません。

何でできているかを科学が問い、なぜ存在するのかを神学が問う。両者は重なる部分を持ちながらも、まったく同じ問いではないのです。

エラトステネス――地球を一周せずに地球を測った人

エラトステネスは、紀元前3世紀、アレクサンドリア図書館の館長を務めた学者です。

彼が有名なのは、地球の円周を計算したことです。

エジプト南部のシエネ、現在のアスワンでは、夏至の正午に太陽がほぼ真上に来る。一方、同じ時刻のアレクサンドリアでは、棒を立てると少し影ができる。

その影の角度は、円周360度のおよそ50分の1に当たる約7.2度でした。

そこで彼は、シエネとアレクサンドリアの距離を50倍すれば、地球一周分の長さが求められると考えました。

地球を一周したわけでも、宇宙から地球を見たわけでもありません。二つの町の距離と棒の影だけで、地球の大きさを計算したのです。

いや、賢すぎる。

彼の出した25万スタディオンという値が何キロに当たるかは、当時の「スタディオン」の長さが一定でなかったため議論があります。それでも、かなり実際の地球の円周に近い数値だったと考えられています。セント・アンドルーズ大学の数学史資料にも、その計算方法が紹介されています。

ここで大切なのは、エラトステネスが紀元前3世紀の時点で、地球が球体であることを前提に計算していたことです。

よく「中世のキリスト教徒は地球が平らだと信じていた」と言われますが、これはかなり誇張された通俗イメージです。

もちろん、当時の一般庶民がどこまで天文学を理解していたかは別問題です。しかし少なくとも中世ヨーロッパの知識人や大学教育では、球体としての地球が論じられていました。13世紀のヨハネス・ド・サクロボスコが著した『天球論』は、200年以上にわたって広く読まれた天文学の教科書でした。オックスフォード大学の資料も、この本が「中世の学者は地球を平面だと信じていた」という俗説を覆すものだと説明しています。

『チ。』における対立も、「地球は平らか、丸いか」ではありません。

地球が宇宙の中心に静止しているのか。それとも地球自身が動いているのか。

そこが争点なのです。

キリスト教は「異教徒から学ぶな」と教えているのか

では、キリスト教徒がアリスタルコスやデモクリトス、エラトステネスのような「異教徒」から学ぶことには問題がなかったのでしょうか。

実は聖書そのものが、異教文化から何も学ぶなとは教えていません。

使徒パウロは、アテネでキリスト教を伝える際、ギリシャ人の詩人の言葉を引用しています(使徒言行録17章28節)。異教徒の詩だから全部間違いだ、と切り捨てたのではありません。その中にある真理を認め、そこから福音を語りました。

またパウロは、こうも書いています。

「すべてを吟味して、良いものを大事にしなさい」(テサロニケの信徒への手紙一5章21節)

大切なのは、何でも無批判に信じることでも、キリスト教徒以外の知恵を全部拒絶することでもありません。

吟味することです。

アリスタルコスが言ったから正しいのではない。プトレマイオスが言ったから正しいのでもない。教会が採用しているから正しいのでもない。

観測し、計算し、確かめる。

だからこそ、ピャスト伯が何十年も積み上げた観測記録が必要になるのです。

これ、現代日本の教会にも通じるところがあります。

私たちは時々、「信仰を守ること」と「今までの自分の説明を守ること」を混同します。自分が長年信じてきた解釈が揺さぶられると、まるで神様そのものが否定されたかのように反応してしまう。

しかし、人間の理解が間違っていたからといって、神が間違っていたことにはなりません。

むしろ、本当に神が真理の源であると信じるなら、真理を恐れる必要はないはずです。

失われても、すべては消えなかった

アリスタルコスの太陽中心説を記した原著は失われました。

デモクリトスの膨大な著作も、ほとんど残っていません。

エラトステネスの『地球の測定について』も失われ、その方法は後代の著者が書き残したものから知られています。

それでも、彼らの思想は完全には消えませんでした。

誰かが名前を書いた。

誰かが考えを引用した。

誰かが写本を作った。

誰かが道具を改良した。

そして古代ギリシャの知恵は、イスラム世界を経て、キリスト教世界のピャスト伯の手にあるアストロラーベへとつながっていきます。

第18話で描かれているのは、一人の天才が突然、世界を変える物語ではありません。

名も残らなかった観測者、写本を作った修道士、異国の言葉を翻訳した学者、器具を改良したイスラム教徒、そして過去の記録を受け取った次の研究者。そのすべてがつながって、ようやく知識は前へ進みます。

「アリスタルコスを引き継ぐ者」というバデーニの言葉は、約1800年の空白を越えて、消えかけた思想の続きを書こうとする宣言です。

人は死にます。器具は壊れます。本も焼かれます。

しかし、誰かが受け取って次へ渡す限り、知は完全には死なない。

この繊細な「知の復活」をマンガとして描いている『チ。』という作品に、あらためて敬意を表したいと思います。

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